全国の就労継続支援事業所の中から心惹かれた事業所を取材し、利用者目線で魅力を紹介する「働くチャレンジ」。
今回注目したのは、イラストや楽曲、動画制作など、さまざまな創作活動を展開している就労継続支援B型事業所 「デジタルアートセンター」です。
創作活動が得意な人はもちろん、未経験の人も自分の好きなアートに取り組みながら「アートを通して自分らしく生きる」ことを提案。2021年4月、広島県安芸郡府中町に開設したのを皮切りに神奈川、福岡、愛知と全国各地に事業所を広げています。
デジタルアートが主な事業というだけあって、ホームページも斬新。色鮮やかなアニメの世界が広がるホームページは見ているだけでワクワクしてくるのですが、中でも驚いたのが代表者の紹介部分でした。
なんと「代表はVtuber⁉」とあるのです。
自らを「発達障害を抱えたまま、クリエーターになりました」と紹介している代表のエリオットさんは、どんな方なんだろう?
「当事者目線」でどのような提案をされているんだろう?
聞きたいことがどんどん膨らみ、取材を申し込んだところ、「顔出しはせず、Vtuberのエリオット・バター・ウルフとしてなら…」ということでお話を伺えることになりました。
「生きづらさを感じる当事者に寄り添いたい」が原点
「このVtuberは就労継続支援B型事業所を開設する前に私が作ったキャラクターですが、ちょっと無気力でアンニュイな表情が人気で、取材を受ける時はこのキャラクターで受けさせていただくことが多いんです」
そう話しながら、Vtuberの姿でパソコン上に現れたエリオット・バター・ウルフさん(以下、エリオットさん)。
元々はイラスト制作や楽曲制作を行うクリエーターが本職というエリオットさんですが、就労継続支援B型事業所を開設するきっかけは「大人になってからADHD(発達障害)とASD(自閉スペクトラム症)と診断されことでした」と振り返ります。
「それまでアルバイトや派遣の仕事をしていましたが、周りの人に合わせようと思えば思うほど、ストレスを感じて体調を崩すことが増え、結局仕事を辞めました。でも仕事を辞めても体調が優れず、自分はうつ病なのかもしれない…と思って病院の精神科を初めて受診すると、医師から『ADHDとASDの影響でうつ傾向になっている』と言われたんです」
診断後、「この先、自分はどうすればいいんだろう?」とますます自分の殻に閉じこもり、引きこもりがちになったエリオットさん。
そんな頃、「フリーランスで活躍しているクリエーターが障がいのある人たちをサポートしながら仕事を生み出していくプロジェクトに参加してみないか」と福祉関連の事業を展開する会社を経営する知人に誘われ、プロジェクトメンバーに加わったことが大きな転機になりました。
「私自身がそうだったように、アートや創作活動の分野で才能があっても、ADHDやASDなど人と違う特性を持ってるがゆえに鬱になったり、当たり前のことができなくて生きづらさを抱えている人は多くいます。そうした人たちが自分の創作活動が仕事につながる喜びだったり、前向きに生きていこうと思ってもらえる居場所を作っていくことがとても大切だと強く感じました」
プロジェクトに関わる中、経営者の知人から「あなたはクリエーターでもあり、障害のことで悩んだり、引きこもった経験もある。当事者の目線を生かして就労継続支援事業所の運営に関わってみませんか」と背中を押されて一念発起。
エリオットさんは資金面で全面的なバックアップを受け、2021年4月、就労継続支援B型事業所 「デジタルアートセンター 広島」を開設。代表取締役として事業所運営に携わることになったのです。
自分らしい創作活動が利用者の自信に!
開設当初、自社で展開するアイドルグループやメイドカフェなどのホームページのデザインやグッズの制作などを事業の柱に据えたデジタルアートセンター。
利用者が生み出した作品をグッズやデータ、NFTアート等として販売する自社ブランド「EUREKA」も立ち上げ、売り上げにつなげています。
利用者一人ひとりの創作活動をサポートする際、エリオットさんは「アートは決して特別なものではない」と伝えているそう。
「アートと聞くと美術館に展示されているアートを想像しがちですが、アートって生活の延長線上にあるもっと身近なものだと思うんです。
人と人とがコミュニケーションをとるように、自分の周りの誰かを励ましたいなと思う時に表現することもアート。仕事につながらなくてもいいので、誰からも否定されず、自分らしく生きることがアートというくらいの気持ちで、照れくさがらず、恥ずかしがらずに作ってほしいと思います。
もちろん、就労支援事業所の本来の目的は、利用者さん自身の生活を改善していきながら、生きづらさを抱えている人の居場所を提供すること。利用者さんがデジタルアートセンターで頑張る理由を我々スタッフが作っていけたら…と思ってサポートしています」
ポートフォリオで一般就労をサポート
生きづらさを抱えている人の居場所づくりの一方で、デジタルアートセンターが力を入れているのが、利用者一人ひとりの作品を制作実績としてまとめるポートフォリオづくり。
実際、利用者がデザイン会社や広告業界への就労を目指す就職活動の際にポートフォリオが役立ち、開設1年余りですでに15人の利用者が一般就労を実現。そのうち、デジタルアートセンターを運営する自社での採用となった利用者も数人います。
「もちろん、障害のある当事者だと服用している薬の影響や精神的な面でどうしても体調不良が出てくることも多いですよね。でも、健常者と私たち当事者が、当たり前のように一緒に働いている環境を外部の人に知ってもらいたいので、積極的にメンバーさんを採用しています」
福祉の世界に当事者のスタッフを増やしたい!
デジタルアートセンターを開設して1年余り。
当事者の一人として就労継続支援B型事業所の経営に携わる中、エリオットさんは就労継続支援のあり方についてどんな思いを抱いているのでしょうか。
「どんなビジネスプランを立てるよりも、まずは利用者さんの気持ちに共感していくことがとても重要なのではないかと考えています。
利用者さんのつらい気持ちや悲しい気持ち、うれしい気持ちを我々スタッフが共感することで利用者さんは『分かってもらえるんだ』と感じて相談しやすくなりますし、私たちスタッフ自身も利用者さんを信頼して、互いに信頼し合えるWin-Winな関係を作る。このことがこれからの障害者福祉に求められていることだと思います」
そうした関係を築くためにも、事業所の中心的な職員の中に少なくとも数人は当事者を雇用した方がいい、とエリオットさん。
「実際に当事者を雇用することで『障害者福祉の現場に当事者を雇用している』といった姿勢を利用者や外部の方に伝えられますし、事業所が本気で障がいのある人と関わりたいという気持ちを示すことで、利用者から得られる信頼は非常に高くなるからです。
逆に、当事者を職員として雇用しないのであれば、利用者に相当寄り添わなければなりません。『なぜ自分は障害を持っている人に関わりたいのか』をきちんと示す必要があると思います」
インタビュー取材を終えて
デジタルアートセンターのホームページを目にした際、「当事者がスタッフとして働いている」という情報に興味を持ったのが取材のきっかけでしたが、デジタルアートセンターのように事業所内に当事者のスタッフがいるということは利用者にとって心強く、お互いに信頼し合える環境づくりにつながることを今回の取材で強く感じました。
デジタルアートセンターの利用者からは「事業所へ通所する前は、対人関係で悩んでいましたが、通所してからはスタッフの中に当事者もいて相談しやすく、自信もつき、生活を改善するきっかけにもなりました」という声が挙がっているそう。
デジタルアートセンターが一般就労に向けて目標としている「自分に自信をつける」という課題を利用者とスタッフが一丸となり改善している様子を知り、本来の就労継続支援事業所の在り方について改めて考えることができました。
今後、「利用者の特性を理解した当事者がスタッフとして働く」ということが就労支援事業所の当たり前になっていくといいなと思います。