働くチャレンジ

手話で笑顔の接客 ! 職員と利用者が支え合う「薩摩わっふる」

就労継続支援B型事業所「ひふみよベース紫原」でライターとして活動する利用者たちが全国の就労継続支援事業所の中から心惹かれた事業所を取材し、利用者目線で魅力を紹介する「働くチャレンジ」。

今回注目したのは、鹿児島市の特定非営利活動法人「NPOデフNet.かごしま」が運営する就労継続支援B型事業所「薩摩わっふる」。2014年にベルギーワッフル専門店「薩摩わっふる」をオープンし、事業所に通所する利用者が店舗スタッフとして働いています。

ショーケースには常時8種類ほどのワッフルが並びます

実はこのお店に私が初めて足を運んだのはオープンして間もなくの頃。何も知らずに入った私はお店に入って驚きました。

お店のスタッフのほとんどが耳が聴こえないろう者の方だったのです。

初めて来店した人でもスムーズに注文できるように設置された案内板

『薩摩わっふるは、ろう者と聴者が一緒に働くお店です。ご注文の際は指さし、身振り、筆談か手話でご注文いただけますと幸いです』

そう書かれた案内板を目にし、『私の指さしが伝わるだろうか?』と緊張しながら商品を購入したことをはっきり覚えています。

その後、このお店を就労継続支援B型事業所が運営していることを知り、親近感を感じた私は利用者の方たちがどのように働いているんだろう?と気になるようになりました。

そこで今回、「NPO デフNet.かごしま」理事長の澤田利江さんと「薩摩わっふる」施設長の福島健三さんに、聴覚障がい者の就労支援について話を伺いました。

知人との出会いが事業所開設の第一歩

ベルギーワッフル専門店「薩摩わっふる」の外観

鹿児島市草牟田にある就労継続支援B型事業所「薩摩わっふる」が運営するベルギーワッフル専門店。
店舗全体がガラス張りになっているので、外からお店の様子や製造風景を見ることができます。

「私たち、ろう者は手話という『見える言語』を使ってコミュニケーションを取っています。ガラス越しでもお客様とコミュニケーションを取れるようにしたかったのと『ここはろう者が働いているんだ』ということを多くの人に知ってもらうためにガラス張りにしました」

NPO法人「デフNet.かごしま」代表理事の澤田利江さん

そう話すのはNPO法人「デフNet.かごしま」の代表理事・澤田利江さん(54歳)。
澤田さんの両親がろう者で、澤田さん本人も2歳の頃から耳が聞こえなくなりました。

「家族がろう者なので日常会話は手話です。でも幼稚園の時、試しに一般の園へ通ってみたら会話も大丈夫そうだったのでそのまま一般の学校に通い、ろう者と聴者の間を行ったり来たりしながら成長しました。短大卒業後は保険会社に就職。8年間勤務した後は、ろう児・難聴児対象の学習塾の講師をはじめ、手話講師などさまざまな仕事をしてきました」

そんな澤田さんが福祉の事業所を立ち上げようと思い立ったのは30代半ばのこと。
フリーペーパーを発行する新聞社で4年間ライターとして障害のある当事者や福祉事業所に取材したことが大きな転機になった、と振り返ります。

「ある日、取材先の福祉事業所で私の知り合いに久しぶりに再会したんですが、彼女は事業所の中で一人ぽつんと寂しそうにしていたんです。

彼女は『ろう重複』といって聴覚障害と知的障害など2つ以上の障害を持っていますが、耳が聞こえないので周りの人や職員とコミュニケーションが上手に取れていませんでした。会話もできず寂しそうにしている様子を見て、何とも言えない気持ちになったんです」

彼女の寂しそうな姿がずっと心に引っかかっていた澤田さん。

その後、社会福祉法人「鹿児島市手をつなぐ育成会」を取材した際、代表者に「聾重複の知り合いと再会した時、コミュニケーションの壁で彼女がかわいそうに感じた」と話すと、こんな言葉が返ってきました。

『福祉に対して問題や疑問に感じたことがあれば、自分と同じ考えに賛同してくれる人を集めて澤田さん自身が福祉事業所を開設してみたらいいんじゃないですか』

「その言葉にびっくりしました。『私がですか?』って。というのも私の中では福祉事業所は知的障害の方が通うイメージが強く、ろう者が利用するというイメージがなかったんです。でも『あなたが作ればいい』という言葉に背中を押されて行動に移しました」

こうして2005年に特定非営利活動法人「NPOデフNet.かごしま」を設立。
ろう児のための放課後等デイサービス事業「デフキッズ」と「ろう学校を卒業した生徒が働ける受け皿になりたい」との思いから就労継続支援B型事業所「ぶどうの木」を開設しました。

ワッフル好きが高じて事業の柱に!

2005年に開設した就労継続支援B型事業所「ぶどうの木」

2005年に開設した就労継続支援B型事業所「ぶどうの木」は、地元で人気の加治木まんじゅうの製造機械を無償で譲り受け、加治木まんじゅうの製造販売で事業をスタート。

加治木まんじゅうの製造

しかし開設して7年たった頃、製造機械が故障。修繕に1000万円以上かかり、修繕費を捻出できなかったため、事業所は危機的状況に陥ります。

そんな時、出張で東京に出かけた澤田さんは、自身が大好きだというワッフルのお店でヒントを得ました。

「加治木まんじゅうを製造していた時は製造工程がかなり難しく、利用者さんには作業がとても難しいと感じていました。ですが、ワッフルの製造工程を見て『この工程なら利用者さんもできそう』とひらめいたんです。ろう者の皆さんは真面目に作業に取り組むので接客業も向いているかもと考えました」

「薩摩わっふる」内のイートインスペース

こうして2014年にベルギーワッフルの製造販売を主な事業とする就労継続支援B型事業所「薩摩わっふる」を開設。製造機械の修理費負担等で事業所を閉めていた「ぶどうの木」は手芸品の製作・販売を中心に事業を展開していくことにしました。

利用者同士協力しながら店を切り盛り

現在、「薩摩わっふる」では職員と一緒に2人の利用者が働いています。

「薩摩わっふる」で働く2人の利用者

「開設当初は慣れないことだらけで、教えるのに苦労しました」と手話で話すのは、薩摩わっふるで施設長を務める福島健三さん(43歳)。

澤田さんの隣で取材に対応する「薩摩わっふる」施設長の福島健三さん(右)

「計算が得意だけど接客は苦手、反対に接客は得意だけど計算が苦手という利用者さんにどうやって得意不得意を生かしてやってもらおうか…と試行錯誤しましたが、今では利用者さん同士で互いにサポートし合っています。

おかげで僕が時々厨房に入り、ワッフル生地の成形が難しくて『これどうやってに丸めるの?』と利用者さんに聞くと、『自分で身につけてください』と怒られます。どっちが利用者か分からなくなるぐらい、2人はしっかりしてます。私は薩摩わっふるの施設長ではありますが、利用者さんから学ぶことはとても多いですね」

福島さんの話を聞いて『利用者のお二人は仕事に対する責任感がなんて強いんだろう』と私は感じました。

注文を受けた商品を準備する利用者

実際、お二人の作業の様子を見学させてもらいましたが、複雑な接客をこなし、てきぱきと働いている姿を見て『接客業というマルチタスクが求められる仕事をお互いにサポートしながらこなしていくお二人はすごいな』と心を動かされました。

ユニフォームを変えたことが利用者の自信に!

ろう者である澤田さんと福島さんが、ろう者のための就労継続支援事業所を立ち上げて17年余り。実際に事業を続ける中で、どのような気づきがあったのでしょうか。

「事業を始めた当初、お店のユニフォームをスタッフと利用者で分けていました。でもオープンして2年たった頃、『スタッフと利用者さんでユニフォームを分けるのはやめよう』と同じユニフォームにしたんです。すると利用者さんは『自分もこのユニフォームを着れるの?』と目の色が変わりました。

今までユニフォームを分けていたことで『自分たちはスタッフとは違うんだ』と思っていたようで、スタッフはそのことに気づいていなかったんです。ユニフォームを変えたことで利用者さんに自信が芽生え、その後の考え方も変わっていきました。

『障害』という言葉があると、どうしても上下関係ができてしまいがちですが、『障害福祉』という言葉にとらわれず、スタッフと利用者さんの間に隔たりや上下関係を作らないことが大切だと感じています」

ワッフルの注文を受ける様子

福島さんも「就労継続支援事業所のあるべき姿に気づけた」と話します。

「就労支援事業所はただ単に当事者の就労をサポートする場所ではなく、利用者さんにとって『幸せをつかむ場所』になっていることが大切だと思います。私たちスタッフは利用者さんに教える立場ではありますが、これからもお互いに学び合いながら良好な関係を築いていきたいと思います」

インタビュー取材を終えて

今回、薩摩わっふるのお店を取材し、利用者の方々が楽しそうに接客や製造の仕事に取り組んでいる姿を見て、就労継続支援事業所に対するイメージがよりプラスになっていくのではないかと思いました。

そして、澤田さんや福島さんがおっしゃっていた「スタッフと利用者の間に上下関係を作らないことが大切」という言葉に、私は「上下関係を作らない関係こそが本来あるべき就労継続支援の姿なんだ」と再確認することもできました。

中でも気づかされたのは「障害」という言葉にとらわれてはいけないということ。

聴覚障害、身体障害、発達障害、知的障害と「障害」は人ぞれぞれ違いますが、利用者もスタッフも一緒に働いている仲間として、互いに尊重し合い、学び合いながら共生できる環境づくりはとても大切だと思います。

障害という言葉にとらわれず、利用者が生き生きと過ごせる居場所がたくさん増えていくことを願っています。

※はたらくBASEでは、記事公開した時点での法律や制度に則って記事を執筆しております。新しく事業所を開業する場合や、加算などを検討する場合は、最新の法律や、地域の障害福祉サービスを所管する窓口に制度や条件等をご確認ください。

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