(写真=SANCYO)

福岡県久留米市に4つの就労継続支援A型事業所と相談支援事業所を運営する若き経営者がいます。

株式会社SANCYOの代表・嘉村裕太さん(31歳)。

40人の社員と約100人の利用者を率いる嘉村さんが掲げるビジョンは「働きづらさ、生きづらさの無い世の中を創る」。障がい者自身が情報発信するメディア「AKARI」の運営も手掛け、2020年にはあまおう農家とコラボし、農業法人「ONE GO」も立ち上げています。

なぜ嘉村さんは若くして就労継続支援事業所を立ち上げようと思ったのか、さまざまな挑戦を通してどのような課題解決を目指しているのか。同年代の就労継続支援事業所の利用者としてぜひ知りたいと思い、インタビューを行いました。

目次

  1. 20代で就労継続支援事業所を設立
  2. 福祉の仕事で得られるやりがいは格別
  3. コロナ禍を機に「ONE GO」設⽴へ
  4. さまざまな「⽣きづらさ‧働きづらさ」解消を模索
  5. インタビューを終えて

20代で就労継続支援事業所を設立

農作業をする利用者の皆さん (写真=SANCYO)

嘉村さんは2016年3月に最初の就労継続支援事業所を立ち上げていらっしゃいますが、20代で就労継続支援事業を始めるきっかけは何だったのでしょうか?

嘉村さん 僕は⾼校卒業後、福岡県久留米市で飲⾷店を経営していたんですが、その時付き合っていたのが今の奥さんで当時、シングルマザーとして⼦育てをしながら仕事を⼀⽣懸命頑張っていたんです。でもある⽇、緊張の⽷が切れたように仕事に⾏けなくなってしまったんですよね。

様子がおかしい状態がずっと続いて、病院に付き添ったら「双極性障害」と診断されて即入院でした。それから治療が始まったんですが、その時は僕自身、心の病とか全然わからなかったので、今後のことを考えていろいろと調べていくうちに「就労継続支援A型事業所」の存在を知ったんです。それで久留米市内の事業所を全部見学に行きました。

初めて就労継続⽀援の事業所を⾒学して、どんなことを感じました?

嘉村さん 「ちょっと空気がどんよりしてるな」と感じました。僕からすると当時は利⽤者の⽅たちの障害の具合は分からないんですが、元気な⽅が内職作業をしていて違和感があったんです。それで⽀援員の⽅に「皆さん、農業とかパソコンの仕事とかしないんですか?」と聞くと「この⼈たちができるわけないじゃないですか」みたいなことを⾔うんです。

正直、僕の⽬には利⽤者の⽅たちが働きたいのに働けない状況に⾒えました。それでこの分野で何か⾃分にできることはないだろうか…という思いが膨らんで、就労継続⽀援A型事業所「TANOSHIKA FARM」を作ることにしたんです。

1年⽬から順調だったのでしょうか?

嘉村さん 「福祉は全くの未経験だったのでドタバタでした。久留⽶は農業が盛んなので「農家の⽅たちの作業を補助することで⼈⼿不⾜解消につながり、利⽤者の⽅の就職にもつなげたい」という気持ちだったんですけど、始めてみると利⽤者の⽅たちのモチベーションはさまざま。中には「新しい事業所だから来ました」という⼈や30分作業をしたら帰る⼈もいて、なんか違うなっていう⼀年でした。

それで2年⽬からは誰でも受け⼊れるというより本気で仕事をしたい⽅を応援していこうということで、採⽤からこだわりました。「なんでウチに来たいのか、今後どうしていきたいのか」。障害の有無より「仕事をやりたい」という気持ちを⼤切にして利⽤者の⽅と向き合うようにしたんです。

福祉の仕事で得られるやりがいは格別

 
「TANOSHIKA CREATIVE」(写真=SANCYO)

農業中⼼の事業所を設⽴後、クリエイティブな業務を⾏う事業所も⽴ち上げたんですね。

嘉村さん うちを利⽤したいという⽅の中には難病指定の利⽤者もいたんですが、農業をすることは難しい。でもパソコンの技術はある。そんな⽅たちから「パソコンの作業をしたい」というニーズが結構あったので、ウェブ制作やパンフレット作成などの仕事をする事業所「TANOSHIKA CREATIVE」を作りました。事業所には問い合わせがどんどんあって、早い段階で利⽤者が定員に達した感じですね。また、2019年12月に⽴ち上げた3つ⽬の事業所「TANOSHIKA PLUS」では店舗のガラスコーティングや清掃の仕事を⾏っています。

就労継続⽀援事業所を運営していく上では飲⾷店での経営が役⽴ったのでしょうか。

嘉村さん もちろん、経営という点では役に⽴ちました。ただ、飲食店を経営していた頃と事業所を運営している今とでは、仕事のやりがいという⾯で180度違うと感じています。

というのも元々、僕の育った家庭がちょっと複雑で貧しかったこともあって、⾼校卒業後に⼤学進学の選択肢はなく、⾃分で稼いで⽣きていくためにはお店を経営するしかないということで飲⾷店を始めたんです。つまりお⾦儲けが⽬的だったので、やりがいとかそういうものは⼀切なく、仕事もちっとも楽しくなかったんですよ。

ところが、福祉の世界で事業を始めたら「これだけやりがいがあって⼈から喜ばれて、世の中をよくできる仕事があったんだ!」と衝撃でした。ものすごくやりがいを感じて、⾃分が⼀番はまりました。

コロナ禍を機に「ONE GO」設⽴へ

 
農業法人「ONE GO」設立メンバー (写真=SANCYO)

2020年5⽉にはあまおう農家の築島さんと「ONE GO(ワンゴー)」という農業法⼈も⽴ち上げていらっしゃいますが、どんなきっかけだったのでしょうか?

嘉村さん 事業所を始めた頃から「あまおう」というイチゴを栽培している築島農園の築島さんとは取り引きがあって、繁忙期には農作業に⾏っていたんです。築島さんのお⼦さんが 3⼈いらっしゃるんですけど、誰も跡を継がないということで会話の延⻑で「やってくれん ね?」ってずっと⾔われていたんです。でもすごく本気でやっていらっしゃる農家さんなの で⽣半可な気持ちでは受けられないと思い、ずっとお断りしていました。

 
あまおう農家の築島一典さん (写真=SANCYO)

それなのに、どうして農業法⼈の設⽴に発展したのでしょう?

嘉村さん きっかけは新型コロナウイルスでした。感染拡⼤で⼀番⼤きなクライアントさんとの取り引きがなくなったりする中、⾃分たちで農業をしたいという思いは前からずっとあったので、今がそのチャンスだと思って決めました。

うちの事業所には農業がやりたくて農業をずっと頑張っている利⽤者のメンバーが何⼈もいるんですけど、農家さんって家族経営が多いので、就職先がなかなかないんですよね。だっ たら⾃分たちで農業法⼈を⽴ち上げてメンバーの就職先を⾃分たちで作ろうと考えたんです。

スタッフは何⼈ですか?

嘉村さん 職員と役員を合わせて11⼈。そのうち、事業者の利⽤者から職員になったスタッフが3⼈います。

 
「ONE GO」で栽培されたあまおう(写真=SANCYO)

ONE GOのホームページを⾒ると、ワクワクする⾊使いでこちらまで楽しくなりますが、農業への本格参⼊で⼼がけたことはありますか?

嘉村さん 今までいろんな農家さんと関わる中で、今市場におろしたら値段が安いとか⾼いといった話を聞いてきましたが、⾃分たちで⼿間暇込めて作った作物が⼈様に値段を決められるのは嫌だな…と思いました。

だから⾃分たちがやる時は、売り上げをしっかり上げて雇⽤を⽣み出せるような状況を作りたかったので、おいしいイチゴを作る上では農家の築島さんにも役員として残っていただきながら販売⾯では腕利きのバイヤーに⼊ってもらい、 イチゴを⼀粒たりとも市場に流さず全てネットで販売をする形をとりました。

そうしたら、ふるさと納税の返礼品としても⼈気になり、築島さんが⼀⼈でやっていた時は年商で700万円だったのが、ONE GOになってからは1年で7300万円まで伸びたんです。

すごい!ゼロが⼀つ増えたんですね。

嘉村さん すごいですよね。でもそれが値段を決めて販売をするということだと思います。 普通、福祉施設が新しい分野に挑戦する時も福祉施設の⼈がやろうとするじゃないですか。 でも新しい分野に参⼊するなら新しい分野のプロを⾃社に招いて、⾃社で雇⽤して任せるのが基本だと思います。どの分野もすでに先駆者たちがいっぱいいるわけですから、そこで丸裸で戦うわけにはいかないし、せめて盾と剣ぐらいはないと戦えないですよね。

さまざまな「⽣きづらさ‧働きづらさ」解消を模索

 
株式会社SANCYO代表・ 嘉村裕太さん (写真=SANCYO)

イチゴのネット販売も軌道に乗ったということでは、嘉村さんの中では⾃分の思い描いていたことができつつあるという感じですか。

嘉村さん ん〜、まだまだだと思います。僕たちの会社が「⽣きづらさ、働きづらさのない 世の中を作る」がテーマなので、対象となるのは、障害のある⼈だけでなく、⼦どもが⼩さ いお⺟さんや親の介護の関係でフルタイムで働けない⽅、刑務所を出所した⽅、性的マイノリティーの⽅たちなどさまざま。

そういう⽅たちが既存の働き⽅に当てはめたら働きづらいけど、ちょっと働き⽅を変えれば評価されながら働けるようになってほしいので、それで⾔うと、まだ障害のある⽅たちの分野でしかできていないんです。

「⽣きづらさ‧働きづらさを抱えている⼈」をものすごく広い範囲で捉えていらっしゃるんですね。

嘉村さん 僕⾃⾝が家庭が貧しくて、⼩さい時から⽣きづらさや働きづらさを感じていたこともあって、困っている⼈を放っておけないというのがあるんだと思います。

よく就労継続⽀援事業所をやっている⽅が「A型を作ったから次はB型や就労移⾏⽀援」とおっしゃるんですが、僕からするとA型を作って仮に素敵な事業所ができたとしても、⼒を込められたのは⽬の前の20⼈、30⼈だけ。その後ろに⻑蛇の列で困っている⽅がいるって思うタイプなんです。だから、いろんなことを知れば知るほど、⾃分の⼒のなさを感じる毎⽇です。

なるほど。嘉村さんが⽬指している⽬標はとても⾼いんだということが分かりました。 最後に「これから事業所を作りたい」と考えている⽅々にアドバイスをいただけますか。

嘉村さん 僕のところにも「A型やB型を作りたい」という⽅から相談が来るんですが、皆さん、事業所を作った時にはものすごく情熱を持っていらっしゃったはずなのに、2年、3年とたつうちに薄れてしまい、どこか事業所の都合やいろんな外的要因で最初の情熱がなくなっていく⽅を⾒かけます。

特に今年、A型の事業所の経営がどんどん厳しくなっていてA型の経営者が集まるとほとんどが⽣産活動収⼊をどう稼ぐかって話題なんですが、そんな会話ってつまらなくて。なんのためにA型を作ったのか、それを忘れて売り上げを上げることだけに躍起になるのではなく、 もっとできることがあるはずなので、それを忘れずに追い求めてほしいと思います。

さっき後ろに⻑蛇の列って⾔ったじゃないですか、何⼗⼈じゃなくって何百万⼈も並んでいると思っています。だから困っている⽅が大勢いることを意識して、福祉に携 わる⼈みんなでできることを信じてやっていきたいですね。

インタビューを終えて

ONEGOのホームページがとても印象的だったこと、また所在地が私の故郷の福岡県ということもあり、どのような農福連携を⾏っていらっしゃるのか興味が沸き、インタビューをお願いしました。

しかし実際に話を伺うと、障害を持った⽅はもちろん、⼩さい⼦どものいるお⺟さんや刑務所を出所した⽅、性的マイノリティーなど、もっと広い視野でその⽅たちの⽣きづらさや働きづらさを解決するため、⽇々奮闘しているという話に、インタビューをしているこちらの視野の狭さを痛感すると同時に、多くの気づきがありました。

しかもONE GOを設⽴し、⾃社で利⽤者の⽅々の雇⽤も⽣み出しているという話には多くの勇気をもらいました。将来的に⼀般就労を⽬指す利⽤者としては頑張っていくことで⼀つのゴールと新たなスタートを同じ場所で切ることができるわけで、確実に⽇々のモチベーションにつながり、うらやましく感じます。

インタビュー中、終始柔らかな表情で丁寧に答えてくださった嘉村さん。その⾔葉⼀つ⼀つに説得⼒と⼒強さを感じ、素晴らしい時間を共有することができました。