はじめに
レセプトはサービスや支援を提供した事業所が報酬を得るために必須の業務です。今回は事業参入を検討しているかた向けに、福祉のレセプトで最も重要となる「根拠づくり」を中心に、レセプトの概要や医療レセプトとの違い、陥りやすいミスなどを解説します。
レセプトとは何か?
レセプトとは、障害福祉サービス利用者が負担した金額以外の費用を「国保連」と呼ばれる国民健康保険連合会に請求するための明細書のようなものです。
日本には、障害福祉サービスを利用した国民の費用の負担額が1割で済む制度があります。福祉事業所は残りの9割の報酬を国保連に支払ってもらう必要があり、審査機関に請求する業務をレセプト業務といいます。
福祉と医療のレセプト業務の違い
レセプト請求よりも大切なのはレセプトの基となる根拠づくり
レセプトは医療業界も福祉業界も同じで、報酬の請求業務です。医療の場合は資格が求められることがありますが、福祉事業所はそもそも職員に事務員を配置するきまりがないため資格を持たない社員が兼務することが少なくありません。医療とは異なり、レセプト業務自体も比較的シンプルです。
福祉はレセプト業務そのものよりもレセプトの基となる根拠を残すほうがはるかに大切で、一つひとつの請求を出すための間違いのないデータを日々、作成します。根拠づくりができているかいないかでその後の事業所運営に大きな差が生まれるからです。
レセプト請求自体は毎月行うとはいえ、請求の根拠を毎回提出するわけではありません。審査機関は正しい根拠が事業所に保管されているという前提で請求を受理し報酬を支払います。
そして2〜3年に1度、福祉事業所には実地指導が入ります。レセプト請求時点では根拠があるとみなされていた部分について、監査時に本当に根拠があるかどうかがチェックされます。
もし、そのさいにしっかりとした根拠を提示できなければ、それまでに支払われたお金は払戻(へんれい)しなければなりません。事業所にとってお金の払い戻しは大きな痛手ですし、タイミングや返戻の額によっては、最悪の場合事業所の経営が立ち行かなくなってしまいます。
そのため、たとえば監査官に「Aという請求の基となった根拠・データは何か」と聞かれたときに対応できるよう自主点検などを行い常日頃から揃えておくという心構えが、福祉におけるレセプト業務の根底にあります。
数年後の監査に対応できる記録を注意深く作り上げていく。それなしにレセプトはできないでしょう。根拠のない請求はいずれ返戻となるので、福祉サービスを提供するうえで証拠を残すことを常に頭に入れて仕事をする必要があります。
福祉におけるレセプトの根拠とは
ではレセプトで失敗しないために、ひいては監査を乗り切るために必要な根拠とはそもそもどのようなものなのでしょうか。
障害福祉サービスを始めるときには「青本」と呼ばれる、事業所の設置基準について解説された『障害者総合支援法 事業者ハンドブック 指定基準編』と、『障害者総合支援法 事業者ハンドブック 報酬編』という、報酬について書かれたオレンジ色のハンドブック(以下「オレンジ本」)が必要となります。
報酬について書かれたオレンジ本の中に、加算を取るために必要な書類や必須事項が記載されています。オレンジ本を読むと「Aの加算を取るための要件は①と②と③です」というような、請求の根拠となる要点がわかります。
たとえば放課後等デイサービスでは、事業所利用の予定日に病気などで欠席したさいにいくつかの要件を満たせば支給される「欠席時対応加算」という加算があります。
レセプト請求上は「欠席時対応加算」と入力すれば加算が取れますが、オレンジ本を基に根拠を作るには、現場で「いつ」「誰が」「どんな」電話を受けて相談を聞いたのか、いつのぶんの休みだったのか、電話を受けたときに別日に来てもらう促しをしたのかなど詳細な文章を残さないといけません。
事業所は、オレンジ本に書いてある必要な情報を網羅した書式やデータを常に残しておく必要があります。これがレセプトでの「根拠」です。
根拠づくりに必要なフォーマットは自作より業者から買うほうがベター
根拠づくりに必要な書式は残念ながらインターネットでダウンロードできるわけではなく、ほとんどの事業所が各事業所ごとに文言に沿った独自の書式を使っています。
書式は自分たちで作成する方法と業者から買う方法があります。自作の場合はオレンジ本を基に自分たちで文章の雛形を作り、役所で担当者に確認してもらうと正確な書式ができるでしょう。
新規事業を開設するには最低2ヶ月前までに届け出を出すきまりがあります。2ヶ月前くらいからは色々な手続きや確認事項があるので、それまでに自分たちで文章を作る期間が確保できるのであれば、自作するのもひとつの手ではあるかもしれません。
とはいえ、様式をひとつ作ってしまえば終わりではなく、膨大な種類の雛形を作成する必要があり、自分たちで全部作るとなるとかなりの苦労があるでしょう。
最近は書式を販売している会社も増えてきたので、新しく事業を展開しようと思った場合は買ったほうがスムーズだと思います。スピード重視の開設を考えているのであれば購入のほうが時間的なコストは大幅に削減できるでしょう。
福祉の報酬改定の回数と規制緩和の頻度
医療業界は2年に1度大きな改定があり、半年に1度小規模な改定があります。福祉も大きな改定と小さな改定がありますが、大規模改定は10年に1度、小規模改定は3年に1度と、医療に比べて頻度は高くありません。
福祉の場合、急激な社会情勢の変化にすぐに対応しなければならないさいは、改定ではなく「通知」という形で条件が緩和されます。たとえば新型コロナウイルスが発生したときは、通所系サービスの在宅ワークの条件を緩和する通知がありました。
本来であれば10の項目をクリアする必要があっても、緩和によって必要な項目が2〜3で済むことがあるため、通知の内容はしっかり目を通しておくことをおすすめします。
レセプトの妨げとなる曖昧な文言の「解釈」問題
医療業界でレセプトを請求するとき「解釈」の問題に直面することがあります。診療報酬について書かれた文章に則って請求をかけても、審査先の担当者の捉えかたや監査官によっては加算が取れないことがあります。文言の解釈の仕方によって審査がおりない場合があるのです。
福祉業界も同じです。「前回の監査官では返戻する必要はなかったけれど、今回は返戻になってしまった」というケースもあります。曖昧な文言の解釈の違いによって生じてしまう不都合な返戻を防ぐためには主に3つの方法があります。
まずはインターネット検索です。最近は色々なサイトが解釈についての情報を公開しています。そのひとつがWAMNET。ジャンルは多岐に渡りますが障害福祉分野の情報交換に使われている印象があります。Q&Aもあるので迷ったときはまずこのサイトで検索します。
福祉・保健・医療情報 – WAM NET(ワムネット)
次に報酬をもらうための根拠が書かれた「報酬編」というオレンジ本のチェックです。障害福祉サービスには共通の加算もあれば独自の加算もあります。オレンジ本には基本報酬や、それを取るために必要な体制などの解釈が書かれています。
また、グループホームや就労継続支援事業所、放課後等デイサービスなど項目ごとに詳しい記述があります。冊子の後半にQ&Aもあり、過去にあった質問に対しての回答が載っているのでこちらも参考にします。
それでもわからない場合は最後に市町村に聞きます。WAMNETやオレンジ本を見て少しでも迷ったときにはオレンジ本を持参し役所に直接聞きに行くことをおすすめします。そして答えてくれた担当者の名前の記録も残しておきます。「役所の〇〇さんから回答をもらった」という証拠を残しておくことは非常に有効です。
市町村に聞いてもわからないときは県に聞きます。それでもわからない場合は厚生労働省に聞いて最終的な答えをもらいます。
医療の場合は市町村に聞くことはありませんが、福祉は社会サービスで行政との関わりが深いので、事業所に指定を出した市町村に聞くことが多々あります。市町村によっては「Aという加算を取るためにはこう解釈したらいい」など具体的に丁寧に説明してくれます。このあたりは医療サービスとは少し異なるのかもしれません。
レセプトに必要なハンドブックとシステムはどこから買えばいい?
1.ハンドブック購入方法
障害福祉事業は就労継続支援や就労移行支援、またはグループホームなど多岐に渡るためそれぞれの目的に沿った事業を展開する必要があります。
これらのサービスの開始時には、事業所の設置基準について解説された青本と、報酬について書かれたオレンジ本の2冊を参考にします。どちらの本も中央法規出版のHPからどなたでも購入できます。紙媒体のみで電子書籍はまだ出ていません。
2.レセプトシステムの業者を選ぶポイント
レセプトは、基本的に独自のコンピュータシステムを使って請求します。
システムには、記録を入力すると自動的に点数を算定してくれるシステムと、入力した内容を審査機関に請求するためのデータに変換するシステム、そして変換したデータを審査機関に送信するシステムの3つがあります。
請求システムはインターネットで検索をするとたくさんの業者が見つかります。地域に密着している業者や全国展開の業者などさまざまで、どこを選ぶかは経営者の方針によるでしょう。
とはいえ選ばれるシステムには傾向もあります。最近主流となっているクラウド系のシステム、あるいは就労継続支援に特化したシステムやグループホームに特化したシステムなど事業所の形態に合わせた強みを持つシステムが選ばれるひとつの基準です。もちろん金額にもよります。
はじめてのレセプトで陥りやすいミス
在宅ワークに伴う二重請求のミス
就労継続支援のような通所系のサービスで最近増えてきたのは在宅ワークのレセプトに関するトラブルです。新型コロナウイルスの影響で、障害の有無にかかわらず在宅での仕事が珍しくなくなりました。
しかし事業所内での作業とは異なり、在宅ワークでは事業所が管理できない部分があります。事業所側は利用者が在宅で仕事をしているつもりでいても利用者が悪気なく仕事中にヘルパーを呼んでしまうと、サービスが重複してしまい、結果としてレセプトが二重請求となってしまいます。
もしくは2ヵ所の事業所に通所しているかたが、一方の事業所で在宅ワークを終日する予定になっている日に、気分転換に別の事業所に行ってしまうと、利用者自身悪気なく在宅もしたし、通所もしたという本人なりの事実もあり予期せぬ返戻が発生します。
グループホームがあり、そこを利用しているかたが在宅ワークをしている場合は事業所間と利用者が相互に連携を取り活動できますが、個人で通所しているかたが在宅に移行した場合は本人の申出の内容と成果物を確認して利用の確認を行うのが実情です。
在宅ワークは利用者自身に管理してもらわないといけない部分があるのですが、障害の特性によっては自己管理が難しいかたもいます。
根拠づくりを怠り数年後に返戻となるミス
在宅ワークでのトラブルが増えてきたとはいえ、基本報酬に関しては職員基準を満たす人員を揃えたり担当した利用者の記録を残したりするなど、当たり前のことができていると問題ありません。
それよりも大事なのは加算です。基本報酬以外の加算を得るとき、おそらくレセプトそのものでは困らないでしょう。前述のとおりレセプト請求には根拠があり、それは正しいものであるとみなされるからです。
しかし、のちのちの実地指導で指摘されないように根拠を作らないといけません。福祉の場合はレセプトはシンプルなので、はじめてのレセプトで陥りやすいミスがあるというよりは、将来的に根拠として提出できるデータ蓄積のほうが大変です。
2〜3年後に、請求の根拠を求められたとき自信をもって「こちらです」と言える。つまり、何を根拠にレセプトをしたかを明確にし万全を期す、日々の正しい記録の積み重ねが重要でしょう。
おわりに
福祉におけるレセプトは医療と異なり比較的シンプルであるため、はじめてのレセプトでの苦労は少ないでしょう。ですが、福祉のレセプトは最初におざなりに進めていると時限的に厳しい状況に置かれます。
日々の業務のなかできちんと根拠を残すことは必須です。経験があり、理解しているかたは当たり前に感じると思いますが、新たに事業に参入し一緒に働く仲間のなかには経験の浅い支援者もいるでしょう。
知っているだろうと思い込むと気づかずに日々が過ぎていくことも考えられます。一部の支援者だけでなく事業所全体での理解も正しい根拠づくりに必要であると思います。
はじめてのレセプトでは根拠づくりを大事にするのがポイントです。一つひとつの加算に根拠があると理解して、審査官に説明できる証拠を残しておく。日頃からその点を意識して事業所全体で業務に取り組むことで、数年後の安定した経営につながるでしょう。