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(写真=ハッピーアクア)

「アクアリウムセラピー」という言葉をご存じでしょうか。水槽の中で泳いでいる魚を眺めているだけで私たちの心を癒やしてくれる効果があり、近年注目されています。

2021年3月、大阪府城東区に新しく誕生した就労継続支援B型事業所「ハッピーアクア」はアクアリウムセラピーに着目し、熱帯魚の飼育を通して利用者の心を癒やしてくれる事業所。ハッピーアクアのホームページを見て『熱帯魚を扱う事業所って珍しいな』と思ったのが取材のきっかけでした。

どのようにしてアクアリムセラピーという新しい分野で事業所を設立することになったのか、話を伺いました。

目次

  1. 小さな違和感から生まれた福祉への思い
  2. 同じ思いを持つ仲間と福祉の世界へ
  3. 命の大切さを学ぶことが通所のきっかけに
  4. 工賃額は「自分の努力が目に見える形で」
  5. 就労継続支援は生半可な気持ちでは続けられない
  6. インタビューを終えて

小さな違和感から生まれた福祉への思い

今回、取材を快く受けてくれたのは、「株式会社国際グループ」の事業部長で就労継続支援B型事業所 「ハッピーアクア」の管理者を務める谷本秀幸さん(42歳)。

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(写真=はたらくBASE編集部)

事業所設立のきっかけを尋ねると、まず話し始めたのは自身の父親のことでした。

「僕の父親は僕が子どもの頃から重度の身体障害を持っています。そのため、僕は障がい者に対する偏見がなくて、『親父はこういうもんや。それが当たり前だ』と思っていたんです。ところが、周りからは『お前の家は大変やな』とか『かわいそうだね』と言われることが多くて、なんでそんな目で見られなきゃいけないんだろう…とずっと思っていました」

障害があってもなくても一緒。そう思っているのに、周囲の人の障がい者に対するイメージとのギャップに違和感を感じてきた谷本さん。

コンサルタント事業を中心に展開する株式会社「国際グループ」に就職すると、自分と同じように障害のある父親がいる社員や障害のある子どもを育てながら働く社員がいたこともあり、「いつかは障害者福祉に関わる事業に関わりたい」という夢を少しずつ膨らませていきました。

同じ思いを持つ仲間と福祉の世界へ

そんな谷本さんが社内に障害者福祉の事業を立ち上げようと本格的に動き出したのは2年前のこと。

「きっかけはコロナでした。それまでは『いつかやってみたい』と漠然と思っているだけだったんですが、コロナで暮らしが一変する中で『僕らが死んでも残る仕事がしたい』という思いが強くなったんですよね。それで、どうやったらできるのかか、具体的に考え始めました」

そこで谷本さんは福祉事業に関心の高い社員を募り、社内に福祉事業部を設置。さまざまな障害者福祉施設を見学する中、就労継続支援事業所開設に向けて動き出しました。

「現状維持を目指すだけでなく、前を向いている施設って何だろう?って考えた時、利用者の方たちの自立を一緒に目指していけるという点で就労継続支援事業所に魅力を感じたんです」

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ハッピーアクアの職員の皆さん(写真=ハッピーアクア)

そして事業の柱を熱帯魚の飼育販売としたのは、本社の取り引き企業とのやりとりがきっかけ。

「私が勤めている国際グループはさまざまな業種の企業の方々と取り引きがあるんですが、その一つに熱帯魚の輸入卸販売をしている会社があります。その会社の社長さんに『就労継続支援事業所の開設を考えている』とお伝えしたら、すごく応援してくださって『アクアリウムセラピーを福祉に生かせるかもしれない。一緒にやりましょう』と言ってくださったんです」

命の大切さを学ぶことが通所のきっかけに

就労継続支援B型事業所「ハッピーアクア」には180個の水槽が設置されています。室内の気温は30度前後、湿度は70〜80%で、まるでジャングルにいるような気分。

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熱帯魚の飼育室(写真=ハッピーアクア)

これらの水槽に、アロアナやポリプテルスなど小さな熱帯魚から50cm以上の巨大な熱帯魚まで、約20〜30種類の魚が水槽の中でゆったりと泳いでいます。

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(写真=ハッピーアクア)

現在、利用者は約50人。熱帯魚の餌やりをはじめ、さまざまな作業を行います。

 
(写真=ハッピーアクア)

身体的な理由などで高温多湿の部屋で作業ができない利用者は、一般の部屋で飼育するメダカの飼育やコケリウム作り。

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水槽の清掃をする利用者(写真=ハッピーアクア)

もちろん、魚を触るのが苦手な利用者は飼育以外の作業を行いますが、そんな利用者も休憩時間にこっそり熱帯魚を眺めているそう。

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(写真=ハッピーアクア)

「見ているだけで癒やされる熱帯魚は、利用者さんの心の癒やしになっているんでしょうね」

谷本さん自身、事業所を開設して熱帯魚の飼育と就労継続支援との相性の良さを実感したと話します。

「熱帯魚を飼育することで命の大切さを日々感じられますし、『自分が魚に餌をあげないと死んでしまうからハッピーアクアに通所しなきゃ』と通所のきっかけにもなっています」

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利用者に作業内容を伝える谷本さん(写真=ハッピーアクア)

工賃額は「自分の努力が目に見える形で」

ハッピーアクアのホームページを見ると、驚くことが2つあります。

一つは工賃が「1時間あたり500円〜800円」と時給で記載されていること。

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(画像=ハッピーアクアホームページ)

「月額いくらと伝えるより、1時間あたり500円〜800円と伝えた方が利用者さんの仕事に対するモチベーションが高まると思い、時給で伝えることにしました」と谷本さん。

令和元年度の就労継続支援事業所の平均工賃は月額16,369円(厚労省調べ)。

一方、ハッピーアクアの利用者の平均工賃は24,000円。2021年3月に開設して1年目にもかかわらず、月額の平均工賃も高くなっています。

そしてもう一つ興味深い取り組みが、出席カードと表彰式。

 
出席カード(写真=ハッピーアクア)

通所するたびに出席カードにスタンプを押し、スタンプが全部貯まるとボーナス工賃やQUOカードのプレゼント、お弁当のサービスなどうれしい特典につながります。

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表彰式の様子(写真=ハッピーアクア)

また毎月、皆勤の利用者を表彰する表彰式では「生まれて初めて賞状をもらった」と泣いて喜ぶ利用者もいるほど。一つひとつの取り組みが利用者の自信につながっています。

「ハッピーアクアのパンフレットやホームページには『あなたがいてくれてよかった』と書いていますが、この言葉は利用者の方たちにとっては『私はここにいていいんだ』 ということになると思うんです。『私にはハッピーアクアという居場所があるんだ。ここにいてもいいんだ』と感じてもらいたくて表彰式を続けています」

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(写真=ハッピーアクア)

こうした利用者自身の頑張りを目に見える形で評価する取り組みが功を奏し、開設して1年足らずで2人の利用者がハッピーアクアを卒業。一般就労の道を歩んでいます。

就労継続支援は生半可な気持ちでは続けられない

福祉事業部の仲間、福祉の専門家、熱帯魚の専門家が集い、異業種のスタッフ10人で運営を始めて間もなく1年。

最後に谷本さんに、新しく事業所の開設を考えている方へのアドバイスを教えてもらいました。

すると、「どの業界でもイノベーションを起こすのは異業種からの参入だと思うので異業種からの挑戦は必要だと思います。でも生半可な気持ちで『やれば儲かるかな』くらいの気持ちで異業種からの参入を考えているなら、正直やめた方がいいです」ときっぱり。

「福祉を知れば知るほど、やればやるほど新しい発見があり、課題も見つかります。そして利用者の方たちのことを考えて真剣に向き合おうとすると、めちゃくちゃしんどいです。だって利用者の方たちの人生に直接関わるわけですから。よほどの信念と覚悟がなければ、就労継続支援事業所の運営は続けられないと思います」

異業種から障害福祉事業に参入したことで痛感する大変さ。でも異業種からの参入だからこそ、「月並みな言葉ですが、利用者の方々の笑顔が一番のやりがいです」と谷本さんは話します。

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利用者に花束を手渡す職員(写真=ハッピーアクア)

「今まで企業の中で働いていた時はどうしても売上至上主義で自分中心に考えがちだったんですよね。ところが、就労継続支援事業所で利用者さんと向き合っていると、純粋に利用者さんの笑顔が自分のことのようにうれしいんです。

メンバーさんと会えて幸せ、スタッフと一緒に働けて幸せ。そういう意味では人間らしくなったし、障害があってもなくても一緒。その当たり前を当たり前にできつつあるな、と感じています。だから、私としては福祉事業に挑戦して本当によかったです」

インタビューを終えて

私は鹿児島県内の就労継続支援B型事業所の利用者ですが、就労継続支援事業所は利用者の生活リズムを整え、障がい者が明るい未来に向かって出発する場所。そして未来への準備をサポートしていく場所だと思います。

「利用者さんをハッピーにしてあげたい」と常に利用者のことを考え、利用者に対して本気で向き合う谷本さん。利用者の方々も谷本さんの本気を感じ取り、「ハッピーアクアで頑張って、いつか就職したい」と強く思うのではないでしょうか。

また『何事も生半可な気持ちで挑んではダメ』ということを再認識するきっかけにもなりました。

「障害があってもなくてもみんな一緒」という谷本さんの思いを聞き、改めて「障害者差別解消法」が多くの人に認知され、合理的配慮につながればいいなと今回のインタビュー取材で強く思いました。

ハッピーアクアのように「利用者さんをハッピーにしてあげたい」と何事にも真剣に取り組む就労継続支援事業所が、もっと増えていくことを願っています。